北見・紋別

鴻之舞鉱山跡地を巡る

オホーツク海側の紋別市から丸瀬布町に向かう道道305号線。

紋別市から25キロ程南下したところに、かつて鉱山で栄えた地域がありました。

金や銀などを産出する鴻之舞鉱山があった鴻之舞地域です。

鴻之舞地域からは、人や物資を運搬する鴻紋軌道という鉄道も敷設されていました。

ここでは、鉱山の閉山と共に人口がゼロ人となってしまったその跡地を紹介します。

鴻之舞のシンボルが出迎えてくれました

鴻之舞鉱山跡地巡りは、丸瀬布側からスタートしました。

出迎えてくれたのは、鴻之舞鉱山のシンボルとも言われている精錬所の煙突です。

森の中に異様な高さでそびえ立っていました。

元山精練所にあったこの巨大煙突は、地域にお湯や蒸気を供給していたボイラーの煙突なのだそうです。

閉山から50年近く経っても朽ち果てずに立っているとは、よほどしっかりした作りなのでしょうね。

集落の中心地には石碑の数々が

北上を続けると、やがて右手に開けた一角が現れます。

そこにはいくつもの石碑が建てられていました。

この辺りは、鉱山があった頃は地域の中心地で、7000人ほどの人が住んでいたのだそうです。

これは、鴻紋軌道の記念碑です。

こちらは、鴻之舞鉱山が開山してから100年を記念して建てられた石碑。

慰霊碑もありました。

かつて道内にあった炭鉱や鉱山では、作業中の落盤などで沢山の人達が命を落としました。

碑文が鉱山の事業主の自画自賛的な書き出しで始まっていてムッと来ましたが(^^読み進めていくと、この鴻之舞でも多くの人が犠牲になったであろう事が分かります。

碑文に書かれてはいないのですが、ここでも強制連行された朝鮮・中国の方々が犠牲になった事を忘れてはいけませんね。
石碑が立ち並ぶ一角の脇の林の中には、橋脚の様な構造物が遺されていました。

小学校の跡地には小さな記念碑が建てられていました。

学校があったであろう辺りは、一面が草木で覆われていました。

町の北側に遺る廃線の跡

丸瀬布側から、泉町→金竜町→旭町→喜楽町→元町→住吉町と北に向かい、鴻之舞地域の北端に近い末広町まで来ました。

町の跡とは言っても、パッと見は草ボーボーの土地が広がっているだけでした。
しかし少し進むと、道道上にかかる橋があります。

現在は、鉱山の沈殿池の為に中和剤を送るパイプラインになっていますが、その昔は鴻紋軌道の橋梁として使われていたのだそうです。

上藻別駅逓と紋別駅

往時には1万4千人以上の人が働き生活していた鴻之舞地域は、今は草木が生い茂る場所になりました。

国策に踊らされて、閉山と共に人口がゼロになってしまうなんて、なんか哀しさを感じますよね。

さて、その鴻之舞地域から北上すると、歴史的な建造物が現れます。

旧上藻別駅逓の建物です。
駅逓とは、北海道独自のシステムなのだそうです。

物資を運ぶ馬と人の中継地であり、宿泊所でもあり、郵便業務も担っていた場所。

保存会の皆さんの尽力により、現役当時のままの佇まいで遺されています。

韓国映画のロケにも使われたそうですよ。

さて、最後は鴻紋鉄道の起点であり、1989年に廃線となった名寄本線の中継駅となっていた紋別駅跡へ。

現在は、買い物やグルメその他が楽しめる「オホーツク氷紋の駅」という総合観光施設になっています。

日帰り温浴施設も隣接されているそうですよ。

観光地巡りの合間に、北海道の歴史を振り返る旅はいかがでしょうか?

【鴻之舞鉱山】

紋別市の南側に位置した、金銀銅などを産出する鉱山。

1917年に住友金属鉱山株式会社により産出が始まり、最盛期にいくつもの町が出来て賑わいましたが、1973年の閉山と共に人は去り、町は消えてしまいました。

鴻之舞の地名の由来は、アイヌ語の「ku-oma-i」で「仕掛け弓-ある-処」。

この記事を書いた人:hoshiboo

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